東京を描くー掲示板

26066
絵画、写真、イラストなどで東京を表現するひとびとの広場です
東京の歴史や散歩案内なども含め、あなたの投稿をお待ちしています
名前
件名
メッセージ
画像
メールアドレス
URL
文字色
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

ブログ美術批評 印象派達によせて - synfonic

2019/04/06 (Sat) 18:10:26

久しぶりに美術批評の好きな印象派画家に寄せ投稿します。まず印象派のパイオニア的なマネですが、印象派の特徴がよく出て好きな画は、チュイルリー公園の音楽会、鉄道、ナナ、フォリー・ベルジュールのバーです。話題になり大批判された草上の昼食、オランピア、皇帝マクシミリアンの処刑は印象派的には見えませんが、既存画家作品をモチーフにしたとはいえ、新機軸であると思います。またマネも印象派画家に共通する浮世絵・ジャポニズムを取り入れていますね。次にセザンヌですが、明るい色彩表現から始まった印象画に比べるとデフォルメ的構図が多いので、その後のフォビズム、キュビズムの開拓者的に扱う方がよいような気がしています。会社の近くに横浜美術館があり彼の絵は時々見ていますが、どうしても印象派画家とは思えなかったです。好きな炎の画家ゴッホには、いくつも好きな画はありますが、特に星月夜、オーベールの教会、夜のカフェテラス、アップされていなかったですがローヌ河の星月夜などは独特な筆運びで不気味さを含むほど引き付けられます。また多作の自画像ですが、これは印象派的というより内面を描写する従来の手法的な気がします。ゴッホモデルの映画も見たことがありますが、多作であったが生前は売れないけれども画商の弟テオが生活を支えており、両者間の手紙がゴッホの手紙として出版されていますね。(つんどく状態でまだ読んでいませんが)スーラの点描画は、よくこれだけ精細な作業ができるものだと驚きです、そのためか他の画家には広がらなかったのかも? 最後はロートレックですが、これも古い53年版オンデマンド映画で赤い風車という映画を見ました。映画の赤い風車はモンマルトルのムーランルージュにあり、実は20代半ば初めて出張帰りに寄ったパリで、この有名なキャバレーでカンカン踊りを見たことを思い出しました。彼はここのポスターで有名になったようですが、実家は貴族で生活費の苦労はないが足の成長障害のためかなり鬱屈した人生を送りそれが弱者、特に娼婦・踊り子らにやさしいまなざしを向けて、毎夜アブサンを飲みながら描き続けていたようですね。ブログにあるゴーガンは家族と社会から逃避して、タヒチに生活をうつしているので、パリの激動時代とはかかわっておらず、印象派といっても少し別です。またこの時代の印象派画家達には交流し且つ応援を受けた作家ゾラがおり、社会の底辺を活写した居酒屋、ナナを出版しています。彼は政体が目まぐるしく変わる中で、弾圧をさけ一時亡命していますが、やはり映画化された居酒屋を見てナナ親子のおかれた時代状況、つまり印象派の時代もよくわかりました。あとまだブログにない印象派で好きなのはモネとドガです。

漢詩と中国文化ー陶淵明の世界によせて - synfonic

2019/03/21 (Thu) 11:28:27

お早うございます。平成最後ということがあちこちで話題になっていますが今日はその彼岸の中日、我が家も平成時代には田舎の両親、家人の義父はじめ親類知人が多数鬼籍に入りました。元号制はいろいろな意味で、個人や国の歴史の記憶と結び付けられるので、良い伝統ですね。春と秋に彼岸入り、中日、彼岸明けという節目の呼び名があるのは仏教国の中でも日本だけのようです。陶淵明の詩評が多数ありいろいろと読ませてもらいました。私は漢詩原文で味わうレベルになく、書き下し文と現代語訳たよりですが漢詩は好きです。NHKのビデオ16巻の漢詩紀行、NHK出版からの漢詩紀行は折に触れよくみておりますが、みるたびに気持ちが落ち着きます。息子たちの漢文教科書に確か帰去来の辞、桃下源記があったと思い出し、それが田園詩人陶淵明への入り口でした。ブログにある詩で好きなのは以下です。五柳先生伝、帰去来の辞の帰りなんいざ、荊軻を詠ず、詩人をしのんだ後代の王維、李白、孟浩然、白楽天、蘇東坡らの詩です。92年版ビデオで驚いたのは陶村と呼ばれる地方の村に大半の村民が詩人の子孫で名字が陶であるとのことでした。四半世紀以上前の取材記録でしたが、まさにゆったりとした田園暮らしを皆が送っている状況でした。群雄が乱れる戦乱時代には権力者も知識人たちを文官に抱えることが多いですが、それは常に権力の攻防の中にあっては身の危険も秘めています。彼もそれを危惧したのか、神経をすり減らす役人はいやになったのか、早いうちに出世を諦め、隠遁生活をしています。200年近く前の竹林の7賢にも影響されたとも思えますが話相手もいないので清談三昧ではなく風流三昧だったのかなと思っています。彼の風流は家族の悲惨な死も含め、貧民たちへ思いを寄せる詩があり感動します。漢文教養をもつ明治期の日本画家も漢詩から画材を取っているものが散見されます。以前挙げた大観の屈原や五柳先生と無弦琴をもつ童女の描いた名画がありこれも引き付けられます。音の出ない琴を描いたのは詩人が心で爪弾いているということでしょうか、いずれにしても引き付けられます。


Re: 漢詩と中国文化ー陶淵明の世界によせて synfonic さま URL

2019/03/21 (Thu) 20:27:31

お便りありがとうございます
今日は彼岸の中日とあって小生は考妣の墓を拝しに行って参りました
墓は千葉県の佐倉なる寺妙隆寺の墓地の一角にあります
先考が生前自分の始めた家のために買い求めていたものです
長男である小生はその墓を小生の子どもへと引き継ぎたいと考えていますが
果たしてどうなることやら
今日はあいにくの雨模様でしたが
モクレンの花が小生をあたたかく迎えてくれました
そんなモクレンの花を見るにつけても
小生が思いだす陶淵明の詩は閑情賦です
これは痴情をうたったものですが
人間の生への未練をうたってやむことがありません

壺齋散人 謹白

日本文学覚書 森鴎外によせて - synfonic

2019/03/17 (Sun) 21:29:15

漱石について投稿したので鴎外についてもコメントします。これも3時間を超えるTBSで78年放送の<獅子のごとくー森鴎外の生涯>をYOU TUBEで最近見て感激したのがきっかけです。
鴎外は以前は教科書にも断片的に採用されていましたが、私が受領した2人の子供の教科書にはありませんでした。私の手元には文庫版舞姫が2012年の読了で雁は未読で書架につんどく状態でした。両文豪とも帝大(東大)卒で鴎外は医学部ですぐに陸軍省の軍医になるべく入隊します。一方学生時代には文学特に漢詩・漢文・和歌・古典も学んでいる。ここから生涯正業は官庁(陸軍省)勤務の医学博士と勤務時間外では文学者(文学博士)の顔を持つスーパーマン的な人間 鴎外の活動につながります。ドイツ留学も成果を上げてこなしたが、勤務時間外の活動での種々の文学仲間・社会活動家らとの交流が折に触れあらぬ噂のもとになり、一時は小倉へ左遷状態で追いやられ、辞職しようとしたこともありますね。私は同時代に生きて互いに意識していたであろう漱石との比較のためもあり、小島信夫が両文豪を描いている<私の作家評伝(新潮選書)>を最近読みました。小島も両者はあらゆる面で大きく違うといっています。例えば出自・家族・親族の在り方の違いや、東大教授と作家の兼業はできなかった漱石とトップである軍医総監と(退職後も帝国博物館、美術院総長を続ける)作家兼業を風評にめげずに生涯行っていた鴎外とは比較できない。共通点といえば両者とも乃木夫妻の殉職に影響されて小説にも書いているが、漱石は単に小説展開の題材とした印象だが、鴎外ではとらえ方も尊敬する乃木の殉職直前に夕食に誘われており、殉職現場もみて自身が事件の関係者と自覚していることで、とらえ方のスケールが全く違います。一方偉大な鴎外のようだが、本人は官僚・森家総領の立場と個人の自由な思想に基づく行動との間で何度も葛藤にさいなまれ、そのたびに友人の加藤や師からの説得で個人思想を犠牲にした妥協をしてきています。最初の妥協はドイツ留学で日本まで追いかけてきた婚約者との別れを止む無く選択したことであり、このことで生涯自分の弱さが原因と後悔していたようです。この経験は舞姫で発表したが鴎外は自身が経験したことは、小説に書かずにいられないようで、それが彼自身次なる人生に向かうためにはけじめとして必要であったようです。乃木夫妻殉職を契機にして晩年は思索をを重ねたいくつもの作品を表しています。自身はある意味社会・森家との妥協人生を過ごしたと思っていた面があるようですが遺言により墓碑には森林太郎墓とだけあり、一切の社会的肩書は不要どの遺言でしたので死んで初めて個を表したのかもしれません。なお、漱石の場合も同じですが、家族や子供たちにも小説家やエッセイストが多く、それぞれ鴎外の思い出なども描いています、鴎外の小説は事実をヒントにしたものですが家族の書いたものは読み物としても面白く、また歴史的な鴎外研究資料でもあるので私も今後少しずつ読みたいと思っています。

日本文学覚書 夏目漱石によせて - synfonic

2019/03/17 (Sun) 16:35:42

桜の開花も近い穏やかな日曜です。実は最近2016年に放送された75分ー4回の漱石の妻をNHKオンデマンドで見たこともあり主題のブログ感想を述べたいと思います。、
私も20年程前までには漱石の小説はいくつか読みました。昨年4月から文系卒の下の子が就職で都内で会社手配のマンション暮らしを始めた際、大半の書籍を実質すべて引き継ぎました。最近の直木賞・芥川賞・本屋大賞など売れ筋作家に交じり漱石、川端、井上靖、中島敦等の昭和作家もあったので、少しは今の子供にも読まれていることを知りほっとしたものです。漱石は鴎外と並び近代・現代文学に多大な影響を与えていますね。漱石の権威的人間観での評では、現代日本社会にもかなり当てはまっていると思い投稿したくなりました。自身の相手と比較した社会的位置付けがどうなっているかを意識するという漱石の思考は程度の差はあれ日本人では男女にかかわらず共通していると思います。散人さんは漱石はかなり極端であると述べていますが、私は国内海外でエンジニアとして45年余過していますがこの世界でも全く同様なことを感じています。国内では初対面同士の打ち合わせはまずお決まりの名刺交換儀式から始まります。これで相手と自身の関係・距離感を確認したうえで、商談が始まり、意識の奥には話し方を注意することも自然にインプットします。名刺交換なしで商談や議論に参加する場合は相手の年齢の上下推定が唯一の鍵になります。実は5年近く前子供から譲り受けた東京書籍の現代文教科書で評論に<相手依存の自己規定>として鈴木孝夫が日本人の特性であると評し納得したことを思い出しました。一方海外では商談、顧客、下請け、メーカなどとの打ち合わせは、仰々しい名刺交換はあまりありません。いきなり本題をストレートに双方が切り出します。名刺交換は後で行うこともよくあります。そもそも個人別契約主義の海外では会社の中や社会での位置付けで自分をとらえる概念がありません。私自身は国内を4年程経験したのち30年程海外畑でした、その後また国内が主体になったので、この習慣の違いでかなり面食らったことを記憶しています。映画ではイメージを持っていましたが、初めの頃正直に海外の会社員の上司と部下の関係はアフター5での社外活動ではもう意識しないのかと聞いたところ、逆に当たり前なのにどうしてきくのかと不思議な顔をされました。プライベートでは上司が部下から趣味のテニスや釣りなどを教わる場合も普通にあり、その時は趣味の世界では部下をはっきりとボスまたは先生だといっていました。部下も俺が5:00からのアウトドアではボスだと言っているのを聞きカルャーショックを受けた記憶があります。終身雇用制が続いた時代が長くそれが会社は家族ごと面倒見てもらえるかのような文化の違いからくるのが主因と思います。今は派遣契約がほぼ全職種に浸透し正社員と派遣社員の格差が大問題になっています。海外はいわばすべて個人別契約で正社員概念もありません。また日本の外交能力のなさは半藤一利らも述べていますが、したたかな他国との相対比較からは明らかです。これも封建制からの長い歴史で醸成された主従関係文化があって今があると思うので、急に時の為政者が路線を変えることは危険ですが、目まぐるしい世界の中で外交力が改善され、日本のかじ取りがうまくゆくのか甚だ心配になります。なお、ドラマでは当時の日本社会の女性には珍しい妻の京子を自分の主張ができる現代的女性として主役で好意的に扱い、漱石と女性観とは違うため常に夫婦間対立が起こるところをテーマにしています。坑夫や道草で漱石に金の無心にくる人たちのエピソードも含まれていますが、ドラマでは自伝小説の道草や京子のエッセー、さらに孫の半藤さんの奥さん、まり子さんらのエッセイを参考にしており、家族や友人関係者は実名です。漱石がいつの間にか対等を主張する一般には悪妻評が高い強情な?京子に折れてゆくほのぼのとしたエンディングパターンでした。

膨大なブログの質問です - synfonic

2019/03/03 (Sun) 17:32:25

これまでブログを見ていて感心するとともに、感じた疑問ですが参考までにお聞きしたいと思います。旧ブログを含めると目次から見て分野が広く多岐にわたり、総数約9000件に及ぶ膨大なブログがアップされています。散人さんのプロフィールでは2007年からネット公開始めたとありますが、これだけの件数の原稿は社会人になってからすべて準備したのでしょうか、それとも何割かの原稿は学生時代に準備したものなのでしょうか? この作成に要する延べ時間を考えると、仕事をやりながらではとてもできない量かと思いましたので失礼とは思いましたが問い合わせする次第です。映画評、美術評だけでもも実際に鑑賞していると思いますので、大変な時間を割いているのではと察します。さらに古典、近現代文学評も驚くほどの量です。 もし仮にすべてのブログを出版した場合には、単行本で数十巻になる量であり、知財価値も相当なものかと思います。

Re: 膨大なブログの質問です synfonic さま URL

2019/03/03 (Sun) 21:55:02

お便りありがとうございます
プロフィールにもあるとおり
定年間近に始めた水彩画のサイトが始まります
水彩画は若いころから趣味でしたので
描きためた作品をサイトに アップしては楽しんでいました
そのうち定年を迎えて時間の余裕ができると
哲学や文学といった小生の別の趣味を文章にして載せるようになり
更には、美術や映画関連の文章も載せると言う具合で、
年ごとに範囲を拡大して今日に至った次第です
いまや古希を過ぎて 時間の余裕はますますありますので
午前中は文章を書き 午後は調べものをして
新しい文章の肥やしにするという毎日を過ごしています
こうして頭を酷使していれば
もしかしてボケの防止につながるのではないかと、
勝手に思ったりしています

壺齋散人 謹白

Re: 膨大なブログの質問です - synfonic

2019/03/06 (Wed) 10:52:38

早速返信ありがとうございます。
今週は10か月ぶりにジャカルタ出張中でホテルからのメールです。なるほど、退職後も時間を無駄にせずコツコツやれば、このような膨大な投稿が調査を含めてできるのですね。
私もいつ毎日が日曜になるのかわかりませんが、見習いたいと思います。先日日曜の午前はみなとみらいファッションエリアで月一回の読書会に参加して、女性たちも含め20代前半から、退職OB達までのメンバーが集まりました。好きな本を持ち寄り、各自が解説する形式で、毎回13人前後の参加ですが、本といい、参加者といいバラエティーに富んでおり、こちらも刺激があり楽しいです。2016年末からの参加ですからすで2年に以上になります。会の後は恒例の希望者のみでのランチ会ですが、この数カ月間は幹事が新規開拓したドリンクバー・サラダバー付き(なんとワインも含む)の店で、昼間からほろ酔い気分になれます。私も現役生活は半分足が抜けていますので、散人さんのように、仕事中心から趣味人・教養人を目指したいと思います。また今後もブログ読者・応援者としてフォローしてゆきたいと思います。

私にとっての壺斎閑話 - synfonic

2019/03/02 (Sat) 12:43:50

3月春です,また一年が始まるなと感じて気分も晴れてくるようです。気が付けば1か月以上も投稿切れでしたが、散人さんのログは継続してみています。本日は切り口を変えて、私にとっての本ブログの位置付けのようなことを述べたいと思います。数あるブログの姉妹サイトですが、これまで投稿した通り、私の関心あるサイトが多いので、見ていて飽きません。例えば以下のサイトです。日本の美術、万葉集を読む、漢詩と中国文化、散人の美術批評、映画批評等。また日本語と日本文化のサイトは範囲が広く、日本神話・記紀の世界、説話・語り物の世界、浄瑠璃・能楽の世界、古典を読む、日本文学覚書、日本史覚書なども時々読んでいます。以上は私の学び心にも響きます。また豊穣たる熟女達、三粋人経世問答、国内・海外の旅行記などは柔らかい内容であり、旅行記では自身の思い出と重なるところもあるので楽しんでいます。美術批評、映画批評、古典・文学サイトでは解説と評論が適度に盛り込まれており、飽きません。確かに解説だけまたは評論だけであればいくらでもネットや出版物にあるのですが、何が違うのかというと、散人さんが日々アップされる多様なブログやサイトを読むうちに、顔が見える人が共通の趣味・関心事につき述べているような感覚になっているので、親近感を覚えています。特に美術批評・映画批評サイトはかなり詳しい解説と評論が含まれており、私も好きな分野ですので楽しんでいます。

Re: 私にとっての壺斎閑話 synfonic さま URL

2019/03/02 (Sat) 15:33:16

お便りありがとうございます
また感想などお寄せください

壺齋散人 謹白

江亭について - 名無しさん

2019/02/18 (Mon) 22:13:45

こんにちは

杜甫の江亭を読んでいて気になったことがあるので、こちらに投稿します。
坦腹の訳を「腹ばいになって」としていますが、正しくは仰向けになってではないでしょうか?

東床坦腹の故事でも、腹を出して仰向けで寝ることとなっています。私の解釈が間違っているようでしたら、ご教示ください。

Re: 江亭について 名無し さま URL

2019/02/19 (Tue) 11:08:54

坦は平坦なさまをいい、たいらが原義ですが、広いとか安らかという意味もあります。そこから虚心坦懐の坦懐すなわち安らかな思いというような言葉も生まれました。ですから、この詩の中の坦腹は、坦懐と同じように、心の安らかさを表現したのだと思います。それが、具体的な腹のイメージと結びつくとき、腹ばいなのか仰向けなのかは、何とも言えないような気がします。なお、この部分の読み方としては、「腹を坦(やすら)いで」は、あまり適切ではかいかもしれません。

Re: 江亭について - 名無しさん

2019/02/19 (Tue) 22:16:49

散人さん(とお呼びすればよいのでしょうか)、早速の返信ありがとうございます。

なるほど、私は坦腹という言葉を肉体的に腹を平らにするという意味でのみ捉えて、心の安らかさを表現したというところには目が向いていませんでした。
合点がいくと同時に視野が広がる思いです。
ご教示いただきありがとうございました。

万葉を読むによせて - synfonic

2019/01/27 (Sun) 14:12:07

きょうは、穏やかな良い天気の日曜です。昨日は大阪なおみちゃんの決勝を急遽NHKがサブチャンネル中継があり私も応援しました。アジアにとっても歴史的な快挙で、日本全国に興奮と感動を与えてくれましたね。
 さて主題のブログについて投稿します。散人さんのブログに出会い3か月経過しますが、万葉集ブログはボリュームがあるので、今回少し関心あるテーマだけでもと思い見始めました。散人さんは若年の頃からこの20巻に及ぶ膨大な古典名著に親しんでいたのですね。それにしてもよく整理されており、評論もきちんとまとめられているので、驚くとともに、私には大変参考になります。
私の同歌集との出会いは遅く、40代初めで四半世紀になります。子供の高校古典教科書・受験参考書から始め、その後古代小説で一時熱中し、古代の映画・ドラマなども参考に折々に背景を関連付けて,知見を増やしてゆきました。代表歌人や代表的な歌はほぼ知っていましたが、それでもブログにはかなり知らない歌があり、今後見てゆきたいと思います。兄弟天皇の間で揺れ動く額田王の歌は小説の影響もあり好きになりました。
なお散人さんは古今集、新古今集も今後評価予定ですか?

Re: 万葉を読むによせて sinfonic さま URL

2019/01/27 (Sun) 17:27:21

いづれやってみたいとは思いますが
どこまで命がありますやら

壺齋老人 謹白

奈良の古寺を巡るによせて - synfonic

2019/01/27 (Sun) 14:27:41

主題のブログをみていましたが、5年ほど前に私も奈良を2泊3日で回りました。きっかけは、10年位前に井上靖や黒岩重吾の奈良天平の小説を読んで関心を持っていたことです。丁度聖徳太子や、重祚した皇極・斉明、天智・天武・持統の親子兄弟天皇、そして兄弟天皇の確執の中で色を添える歌人・巫女の額田王、蘇我入鹿一族を誅して天皇親政を確立した大化の改新、日本最大の内乱・壬申の乱に勝利した弟 大海人皇子が天武天皇となる一連の波乱時代を活写した文学でした。確か中学教科書にもこの時代を描いた井上靖の名著<天平の甍>が採用されていたと思います。このブログは訪問場所毎に写真もあり、以前の奈良の旅の記憶がよみがえります。また解説からは歴史の背景 も新たにすることができました。私は平常宮大極殿が再建されたのを見てタイムスリップしたように驚いた記憶があります。修学旅行生に人気の人なれした奈良公園の鹿たちにも初めて触れました。万葉にある飛鳥の里も貸し自転車でめぐりましたが、田舎ののどかな田園風景でしたが、万葉によく詠われる有名な大和3山が本当に低くて、小さいですね。しかし風景には往時そのままではないかの印象があり、しばし風景中に身をゆだね、柄にもなく古代に思いをはせました。散人さんは短い旅でもしっかり記録しているので本当に感心ます。尚、井上靖には私も学生時代5年間打ち込んだ、バンカラ柔道部生活を題材にした北の海という小説もあり親近感を持っていました。

質問です - synfonic

2019/01/26 (Sat) 15:59:28

メッセージに禁止ワードが含まれているため投稿できません
の表示が何度修正しても出ますが何か原因がありますか?


Re: 質問です sinfonic さま URL

2019/01/26 (Sat) 16:51:59

表現を変更してやりなおすしかないようですね
ちなみに以下のURLをご参照ください
http://runasoru440.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=8091032

壺齋散人 謹白


Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.