東京を描くー掲示板

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絵画、写真、イラストなどで東京を表現するひとびとの広場です
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登場人物の名前の表記 - TG

2019/08/28 (Wed) 14:42:35

私も昔(いつ頃だか忘れましたが、笑)読んだ漱石の作品を再読して、それでも自分では気が付かなかった点を参考にさせてもらおうとネットを探し、貴サイトを拝読いたしております。「それから:漱石を読む」の中では「三千代」が「美千代」となっていますので、修正されることは可能でしょうか。

Re: 登場人物の名前の表記 TG さま URL

2019/08/28 (Wed) 19:09:09

TGさま

ご指摘ありがとうごまいます
早速訂正しておきました

壺齋散人 謹白

『砂の器』は さすらい日乗 URL

2019/07/02 (Tue) 09:31:43

原作の小説は傑作でしょうかね、電子音で殺人をするなど、かなり無理のある話だと思いますが。作曲家は原作では前衛音楽家で、黛敏郎をヒントにしたようです。

橋本忍のシナリオは、親子の彷徨を中心にしたもので、大変に優れていて、あの丹波の演説と映像は、「文楽」だという説もありますね。

日本語と日本文化によせて その2 - synfonic

2019/06/23 (Sun) 14:21:09

文学系の本日最後の投稿です。本ブログ内の民俗学的思考に私も気になっていた 南方熊楠がありましたので投稿します。
彼が民俗学者なのかどうかは私は疑問ですが、気になったのは、保阪正康の昭和史の名著と人物の紹介で、日本よりも世界に知られる博物学者であること、学会・研究者仲間とは群れず田舎にこもる孤高の研究者(隠棲者?)生活を送ったこと。特に驚いたのは昭和天皇紀州訪問時の御製に<雨にけぶる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ>があったからです。個人名を歌う御製はほとんどないので、また散人さんの評をみて猥褻談もいろいろあり、全く奇人・変人といえる人物のようです。散人さんの熊楠のブログはまだ一部しか見てませんが、すべて見たいとおもいます。

日本語と日本文化によせて - synfonic

2019/06/23 (Sun) 13:49:24

このブログテーマに日本語を語る(歴史編、現罪編)と日本語の起源のサブテーマがあり、散人さんはいろいろと投稿されています。私は本ブログに関心なかったのですが、最近好きな山本夏彦の<完本文語文>を読了後から関心持ちました。昭和前半までは文人達は例外なく、言文一致体への表現転換に困難を持って対応した為です。しかもその結果、漢字・漢語輸入文化をから最後は候文体に至る1000年以上にわたり維持されてきた重要な文化喪ったと述べています。文庫本では事例ごとに作家名を挙げてどのように対応してきたかの苦悩を述べています。圧巻は洋書の哲学書、聖書も含め漢語訳があったようです。漢字輸入初めの頃は貴族男子は全編漢字でその後万葉仮名、大和言葉のひらがなとの混合表記が続くが、一方平安時代の女流文学からは源氏物語はじめ全編ひらがな文学が登場しています。男子は全編漢字またはかな混合体が多かったようです。江戸後期は日本が発明した漢文の日本語読み(のちには返り点表示などを活用した)ができ武士階級以外の庶民の寺子屋教育にまで浸透していったようです。これが現在もかろうじて続く高校漢文教育です。候文も武士階級当たりから生まれたようですが、なぜか昭和前期くらいまでは口語文に変わり軍事用書類には利用されていたようですね。夏彦が断定しているのは文語文は朗読、朗詠するもの。リズムがあるので耳で理解できるもので、暗唱に適すると断定している。口語文になってからは黙読隆盛になり、朗読、暗唱文化が完全に失われたと多くの文人が憂いている。特に壊滅的だったのは詩歌の分野で全く魅力がなくなったとのこと。もちろん明治の転換期に口語・文語両方とも使い分ける文人もかなり多い。鴎外や漱石、佐藤春夫、谷崎、芥川等文語体から生きた文人は両方ができるとのこと。中には口語体がいやでどうしても継続できず文語に戻るものがいた様である。面白いのは私も好きな樋口一葉は周りがどう変わろうが、最期まで頑なに文語体で一貫した作家とのこと。この文庫本では国語政策が言文一致世評の中では、その利点については、言及していない。散人さんは文系学部でですし、漢文・漢詩にも強いので、言文一致体政策は体験的にもどのように考えますか?

平家物語の世界に寄せて - synfonic

2019/06/23 (Sun) 11:45:40

本日は文学関連について続いて投稿します。
この平家物語のブログは絵巻を中心に多数の解説があり大変重宝しています。私も絵巻入りの大判解説書を所持していますが、断片的絵巻でしたので、これだけ多く(ほぼ全巻?)網羅してあるのは感激です。ブログを少し見直しただけでも忠度都落ちの際に歌の師匠に自分の秀歌集を託し、読み人知らずと歴史に残る歌集に載せられた話、祇王の白拍子や仏御前、静御前が彩と悲しみを添える話、小督での高倉天皇との悲恋、有名な那須与一や先帝入水の話、更に大原御幸の建礼門院と後白河法皇との出会いの巻等、読み返しても胸を打つ名シーンがあります。平家物語は通常悪役は平家ですが、源氏内の勢力争いから木曽義仲夫婦の最期や判官義経が壇之浦で平家打倒後、兄頼朝にも面通りできず、藤原氏の仙台に逃避行する様子も書かれている。これらの大長編が平家読みといわれる琵琶法師たちが学問のない庶民にも広めていったことは本当に驚きです。現在の日本人精神の片隅に影響しているのではと思う次第です。

万葉集を読むに寄せて その2 - synfonic

2019/06/23 (Sun) 10:52:39

古典関連の散人さんのブログを見ても万葉集と並ぶ3大歌集 古今集、新古今集が評価されていませんがなぜでしょうか?
正岡子規が単なる権力者たちの技巧にこった歌だと否定していますが散人さんも同じような理由で評論はしていないのでしょうか? また百人一首は現在も高校生の部活動になっており、マイナーではありますが日本人文化の一端を担っていると思います。この点も散人さんはどうとらえているのか興味があります。

万葉集を読むによせて - synfonic

2019/06/23 (Sun) 10:28:36

今月2度目の投稿です。私の万葉集との出会いは学生時代を除くと10年超まえに長男が理系大学入学を機に高校古典の教科書・参考書を受領してからです。今年は5月から元号が令和になり親子3代の元号を生きています。万葉集は3大歌集にもかかわらず、好きな百人一首に万葉からの出典がないので疑問だったのですが、勅撰集からという命が選者藤原定家にあったようですね。勅撰集と万葉両方登場する歌人は天智、持統天皇、人麻呂、家持などいますが、残念ながら悲劇の有馬皇子や額田王、但馬皇女などのよい歌は除かれています。散人さんも万葉集の紹介に当たり、日本人は単なる歌集ではなくそれぞれのとらえ方で古代史及び文化遺産であると述べておりますが、私も全く同感で時折ひも解いています。天皇家一族の派閥・後継争いの悲劇や、歴史的な壬申の乱で兄弟天皇争いと持統女帝や額田王の政権争いに翻弄される歴史等が黒岩重吾や井上靖が題材にしての小説もあり日本文化のルーツにつながる気がします。またアーカイブで気づいたのですが、2008年から8年以上このブログは休憩したのですね。私も複数の万葉関連解説書の世話になっていますが、中西進の古代史で楽しむ万葉集(文庫版)は令和提案者と分かりつい最近も再読しました。

疑問点について - 淡雪 URL

2019/06/18 (Tue) 22:50:34

参考のために詩経国風の有狐を閲覧しました。そこで疑問に思ったことがあったためお伺いしたくメッセージを送りました。
”之子無裳”の現代語訳で”さぞや下着も破れたことでしょう”とありますがどうしても理解できません。前文に”私の心は乱れて夫のことを思い出す。”とあります。なぜそこで下着が破けるのでしょうか。また第二章でも第三章でも同じです。衣服がボロボロになる意味が分かりません。
そもそも書き下し文が裳無からんとなっているのになぜ訳では破くとなるのでしょうか。

Re: 疑問点について 淡雪 さま URL

2019/06/19 (Wed) 11:06:37

お便りありがとうございます
ご指摘の件ですが
この詩は、行役にかりだされて長らく帰ってこない夫のことを
狐の様子にたとえて気づかっているものです
その気づかいは、夫の服装が乱れているだろうことに向けられています
裳はスカート状のはきもので、この場合下着を意味します
それが無くなってしまうのは、古くなってやぶれたからでしょう
帯がなくなってしまったのは、ちぎれたからでしょう
服がなくなってしまったのは、ぼろぼろになったからでしょう
そういう気持ちを意訳的に表現したものです

壺齋老人 謹白

万葉集の酒の歌、勉強になりました。 - 行人

2019/05/12 (Sun) 23:26:14

笑殺売猿人似猿、
押韻的にも後の方の猿は猴とすべきではないかと思いますが。

Re: 万葉集の酒の歌、勉強になりました。 行人 さま URL

2019/05/13 (Mon) 17:05:17

ご指摘ありがとうございます
訂正しておきました

管理人

壺斎書評に寄せてその2 - synfonic

2019/05/11 (Sat) 14:27:36

書評には佐藤優と斎藤美奈子もあるので、続いて投稿します。
佐藤優本は外務省時代に鈴木宗男とともに有名になった時期が出会いで、読書歴シートで見ると共著本含めて21冊ありました。図書館利用もあるので所有は15冊ですがまだ6冊はつんどく状態です。作家デビューした獄中記から現在は週刊誌・月刊誌連載はじめ多作で旺盛な講演活動でも知られ、また佐高信は知の巨人=異能の人とも評しています。佐藤は表現対象ジャンルも多彩で面白いのは外務省糾弾といえる外務省ハレンチ物語(ポルノ小説と氏はいっている)や憂国のラスプーチン全6巻の社会派マンガの原作もしている。散人さんも評してますが氏はAKB48には入れ込みがあるようで対談本で盛り上がるだけでなく単著でも社会派評論にわざわざむすびつけて述べていました。所有している佐高との対談本は世界と闘う読書術ー思想を鍛える1000冊で、知の巨人同士の膨大な読書量に圧倒されます。佐藤は国際的な社会情勢に関してインテリジェンスのアンテナが強い。佐高は国内政治経済について、城山三郎や高杉良をスタートとして裏社会含めた感度がよい。佐高には慶応法学部時代の読書日記があり、中身を見ると当時は全く経済社会には関心がなかったようです。斎藤美奈子は最近購入した文庫本が2冊あります。得意の激辛ありのユニークな書評ですが、出会いは佐藤優と佐高ともに友人である米原万里の絶賛書評です。米原はロシア圏で育ち残念ながら50歳代で鬼籍に入りますが佐藤とは外務省時代に政界大物とのロシア語の同時通訳の頃からの姉さん的な付き合いであり、佐高とともに弔辞を読んでいます。米原本の出会いはこの1年ですが6冊所有しています。実は美奈子本のー読者は踊るーには米原万里がユニークな解説を寄せています。題してー最強無敵の毒舌評論家による書評を解説する恐怖。どちらも大変な女傑のようです。


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